「PCより人との交際を」 集団自殺裁判で裁判官が説諭
手崎裁判官は、パソコンが趣味の大学生が特定の掲示板を通じて自殺サイトに接するようになったとの調書を取り上げ、「君はマイナスの情報を拾った。見ることを考え直した方がいい」とした。さらに、「孤立する原因は人づき合いにある。パソコンだけと向き合うのでなく、いろいろな人とつきあうことが君には欠けていた」と語った。
[asahi.com: 「PCより人との交際を」 集団自殺裁判で裁判官が説諭 - 社会より引用]
報道の中で引用されている範囲でしか分からないのだけど、「人づき合い」の中で「マイナスの情報を拾った」らどうするのだろう。この「大学生」が「PC」を使って何をしていたのかは分からないけど、結果的に自殺にまで至ってしまったそれは「人づき合い」とはまったく言えないものだったのだろうか。仮にそうだとしたらそれはなぜなのだろう。自殺にまで至ってしまったから? たとえば無理心中をしようとして生き残った人がいたとして、その人にもやはりこの「説諭」をするのだろうか。
それと、やはり報道の範囲でしか分からないのだけど、「人づき合い」といいつつも「大学生」たちの関係性を否定的に表現し、それとは違う何かをせよというような一方的な言い方だったとすれば、それは「人づき合い」と言えるものだったのだろうか。「説諭」だからそんな形でも問題ない?
この裁判官は何を言いたかったのだろう。
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